大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1599号 判決 1966年5月19日
理由
被控訴人主張の本訴請求原因事実は当事者間に争がない。そして右手形における被裏書人欄の抹消はいずれも当該裏書人において適法になしたものであることが原審証人河南五郎の証言から明らかであるから、この点からも正当な白地裏書と認め得るばかりでなく、本来手形の裏書の連続の有無は何よりも先ず形式的客観的に判断せらるべきところ、記名式裏書の被裏書人の記載だけが抹消されているときは、右裏書の関係ではその抹消部分を記載のないものとして当該裏書に白地裏書としての効力を認めるのが相当であるから、本件各手形は裏書の連続に欠けるところはなく、従つて被控訴人は右各手形の適法な所持人とみなさるべきである。
そこで控訴人の抗弁について検討する。
一、手形金支払による手形債権消滅の主張について。
およそ約束手形の振出人が、支払期日前に右手形を裏書等により取得した場合においても、振出人の権利義務は混同によつて消滅するものではなく、振出人は右手形を更に他に譲渡しうることは手形法七七条一一条三項から明らかであるから、振出人の手形証券取得の事実(手形金相当の対価の交付の有無に拘らず)を以て常に当該手形の支払と見て、手形上の権利の消滅があつたものと解することは到底許されないところ、本件各手形は振出人である株式会社後藤商店が満期前に割引先の大阪信用金庫に若干の金額を支払つて同金庫よりこれを取得したことは当事間に争はないが、右対価の支払が特に満期前に手形金の支払を求める趣旨の手形の呈示に対応する手形金の支払であることは、成立に争のない甲第一号証の一、二の附箋(右附箋には、「当手形面上記載金額は(株)後藤商店より受領致しました」とあるのみで、呈示、支払の文言は存しないから、手形面上明瞭なる支払済の記載(手形法三九条一項)に該当しない)及び原審証人河南五郎の証言によつてもいまだ認めるに足らず、却つて右甲第一号証の一、二、原審証人後藤三男、藤原正教の各証言によれば、株式会社後藤商店は昭和三九年六月始倒産し、被控訴人ら債権者が債権者委員としてその財産整理や配分にあたることになつたのであるが、同商店の取引先である大阪信用金庫その他の金融機関の所持するその関係手形についてはこれら金融機関に対する後藤商店の預金等との差額を払つて買戻した上、これを各債権者への配分資産にあてることとし、本件各手形も右内整理の方針に従い、後藤商店において前記預金等との不足分を被控訴人から借受けこれを支払つて大阪信用金庫から買戻した手形の一部であることが認められ、このような支払期日前の買戻は、通常、手形債権の譲渡の原因関係たる行為に過ぎないと解されるから、上記控訴人の手形債権消滅の主張は採用しえない。
二、信託法一一条違反の主張について。
本件各手形の最終支払義務者が株式会社後藤商店であり、同商店が右各手形を買戻してこれを被控訴人に裏書譲渡した当時、右商店が倒産整理状態にあつたことは、既に述べたところから明らかであるが、右裏書が取立のための訴訟行為を目的とするものであることは控訴人の提出援用にかかる全証拠によつても認められず、却つて原審証人後藤三男、藤原正教の各証言によると、前記裏書は被控訴人が叙上整理による大阪信用金庫関係の後藤商店の割引手形総額一、六〇〇万円位の買戻のため六〇〇万円余を同商店に貸与したことから、その返済のためになされたものであることが認められるから、この点の主張も採用できない。
三、権利濫用の主張について。
本件各手形は控訴人が後藤商店に対する鉄板売掛金の支払のために同商店から振出をうけ、右商店との間で相殺決済されることを期待して特に後藤商店と預金取引のある大阪信用金庫で割引いたものであること、控訴人は別に後藤商店に対する債権を有していたが、被控訴人ら他の債権と意見を異にして前叙整理手続に同調しなかつたことが《証拠》から認められるけれども、それがために被控訴人が前認定のように適法に取得した本件各手形の支払を求めることが権利濫用ということはできず、右整理による控訴人への配分額も控訴人が受領しないまま上記債権者委員において保管していることも《証拠》から認められ、むしろ控訴人の正当な権利を尊重しようとする意向すら窺われるから、この点の主張もまた排斥を免れない。
そうすると本件手形金合計二、九四九、六二三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三九年九月一八日から支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当。
相当本件控訴は理由がない。